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17歳のこと

高校時代というのは、不思議な感触を持って思い出される時代だった。よくわからないのである。あの時代はなんだったのか、よくわからない。楽しかったのか、といえばそうでもあったし、そうでもなかったようでもある

15の時、夢を持って入学し、これから始まる日々への期待に自分は確かに胸を膨らませていたし、そしてその通りの面白さもあったような気もする。しかし、いつの頃かその熱狂がよそよそしいものに感じられ始めたことがある。今考えると、それはやはり17歳の境目であったように思う

楽しい、ような気はするがいまいち乗りきれず、そしてそう感じることに自分自身で戸惑っていた。無意識のうちに、楽しいふりをしていたかもしれない。こんな思いをしているのは自分だけなのかもしれない、、と周りを見渡して考えていたこともあった。また、頭を悩ます出来事が次々とふりかかってくる頃でもあり、その対処の仕方がわからなくもあった。そもそも悩み方がもうわからないので、なにで悩んでいるのかですらわからない。心を開いているだろう友達にも、上手く伝えることができないことがとてももどかしかった。

 

今になって振り返って考えるとあの頃の悩みが少しわかる気がする。しかし、今になって持てたその思いは本当にあのときの気持ちだろうか、あの時代だったら、どんなふうに解決できただろうか、

成長したら、時間が経てば、あの頃はどうでも良いことに悩んでいた、と簡単に言えるのかもしれない しかしそれはその時の自分に対してあまりにも冷たい態度のような気がする


スウィート17モンスターの主人公、ネイディーンは自分の持つ自分らしさに、悩み傷つきそして理不尽に近くの人を傷つけてきた。彼女の持つ悩みのようなものは、他人には理解しづらいものかもしれない。もしかすると、何年か経って当人ですらまさに、「あの時はどうでも良いことに悩んでいた」という思いを持つかもしれない。しかし最終的にあの時少しだけ誰かに近づき、少しだけ折り合いをつけ、少しだけ納得できたような、自分でも忘れるかもしれない17歳の時間は、確かに存在はしていたのだ

わかりあえないけど、わかりたい、 わからないけど、そばにいたい、主人公以外にも注がれる優しさと決して一方的な視点からではないメッセージに自分は心の底から感動したし、オカンのメールを打ち直すシーンは感極まってドロドロ涙を流した
地味な映画なのは間違いないと思う
中にはきっと、よくわかんねーヒス女のどこかの世界の話、と受け取る人も少なくない、と思う
しかし、よくわからん世界のよく知らん人間の暮らしに、自分を見つけ、共感させられてしまうことが物語の良さならば、自分はこの作品を今見ることができて本当によかった…と強く思った

 

超よかった!

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